財務諸表だけでは見えないもの:融資判断の第一歩
融資を行う際、銀行員は企業の「健康診断」を行います。そのための重要なツールが、企業の財務状況を示す「財務諸表」です。具体的には、「損益計算書」と「貸借対照表」を分析します。
- 損益計算書(Profit and Loss Statement): 企業の一定期間の収益と費用をまとめたもので、会社の儲け(利益)が分かります。
- 貸借対照表(Balance Sheet): 企業の財産(資産)、借金(負債)、自己資金(純資産)の状態を明らかにするもので、会社の財政状態が分かります。
今回のケースでは、山本君は田中商店の財務諸表を見て、経営状況を厳しいと判断しました。しかし、財務諸表だけでは見えない情報もたくさんあります。例えば、田中商店が扱っている商品の魅力、顧客からの評判、今後の事業計画などは、財務諸表からは読み取れません。これらの情報を得るために、銀行員は企業へのヒアリングや、現地調査を行います。
田中商店のケース:財務諸表から読み解く問題点
山本君が田中商店の財務諸表から得た情報は、以下の通りです。
- 売上高:1億2000万円
- 売上原価:9000万円
- 営業利益:200万円
- 当期純利益:0円
- 総資産:9000万円
- 負債:8800万円
- 自己資本:200万円
この情報から、山本君は田中商店の経営が厳しいと判断しました。具体的には、
- 利益が少ない(営業利益200万円、当期純利益0円)。
- 自己資本が少ない(200万円)。
- 負債が多い(8800万円)。
これらの点は、確かに注意すべきポイントです。しかし、これだけで「倒産間近」と判断するのは早計です。
融資判断における重要な要素:財務諸表以外の情報
融資判断では、財務諸表だけでなく、様々な情報を総合的に判断する必要があります。具体的には、以下の点が重要です。
- 事業内容: 田中商店がどのような事業を行っているのか(例:輸入アンティーク品の販売)。
- 事業の将来性: その事業に将来性があるのか、競合他社との関係はどうか。
- 経営者の資質: 経営者の経験や能力、事業に対する熱意。
- 取引先の状況: 主要な取引先との関係、売掛金の回収状況。
- 担保の価値: 土地や建物などの担保となる資産の評価。
- 事業計画: 今後の事業展開や資金計画。
今回のケースでは、田中商店が輸入アンティーク品を扱っているという情報があります。この情報から、
- 商品に高い付加価値がある可能性がある。
- 特定の顧客層をターゲットにしている可能性がある。
といった推測ができます。また、駅前のレンガ造りのビルで営業しているという点から、立地条件が良い可能性も考えられます。これらの情報は、財務諸表だけでは得られない重要な情報です。
融資審査における法律と制度:担保と債権保全
融資を行う際には、関連する法律や制度も考慮する必要があります。主なものとして、担保と債権保全に関するものが挙げられます。
- 担保: 融資の際に、万が一返済が滞った場合に備えて、企業から提供される資産のことです。土地、建物、預金などが一般的です。担保の種類によって、評価方法や法的効力が異なります。
- 債権保全: 融資したお金を確実に回収するための法的手段です。例えば、抵当権設定(不動産を担保にする場合)や、保証人をつけることなどがあります。
今回のケースでは、田中商店の土地や建物が担保として提供される可能性があります。これらの資産の評価額が、融資額を上回っていれば、銀行は万が一の場合でも、ある程度のリスクを回避できます。また、田中商店の経営者や関連会社に保証人になってもらうことも、債権保全の手段として有効です。
融資判断における誤解:表面的な数字だけでは判断できない
融資判断において、よくある誤解として、財務諸表の数字だけを見て安易に判断してしまうというものがあります。例えば、
- 赤字=倒産: 赤字決算であっても、事業の立て直しや、資金調達によって、経営を継続できるケースはあります。
- 自己資本比率が低い=危険: 自己資本比率が低い場合でも、事業の成長性や、キャッシュフローが安定していれば、問題ない場合もあります。
重要なのは、数字の背景にあるものを理解し、総合的に判断することです。今回のケースでは、山本君は数字に囚われすぎて、田中商店の事業内容や、今後の可能性を見落としてしまいました。
融資担当者の実践的なアドバイス:質問力を磨く
融資担当者にとって、質問力は非常に重要なスキルです。効果的な質問をすることで、財務諸表だけでは分からない情報を引き出し、より正確な判断をすることができます。今回のケースで、山本君が田中商店に対して行うべき質問の例をいくつか紹介します。
- 事業内容について:
- どのようなアンティーク品を扱っているのか?
- 競合他社との差別化ポイントは何か?
- 顧客層はどのような人たちか?
- 今後の事業計画について:
- 今後の売上目標は?
- どのような販促活動を行うのか?
- 新たな商品の仕入れ計画は?
- 資金使途について:
- 今回の融資で、どのような事業を行うのか?
- 資金はどのように使うのか?
- 資金の使用計画は具体的か?
- 経営者の資質について:
- この事業を始めたきっかけは?
- 事業に対する熱意は?
- 経営上の課題は何か?
これらの質問を通じて、田中商店の事業内容や、今後の可能性、経営者の考えなどを深く理解することができます。
専門家に相談すべきケース:複雑な案件や専門知識が必要な場合
融資判断は、複雑な要素が絡み合うため、専門家の意見が必要になる場合があります。例えば、
- 専門的な知識が必要な場合: 不動産鑑定や、事業再生に関する専門知識が必要な場合。
- リスクが高い案件: 倒産リスクが高いと判断される場合。
- 多額の融資: 融資額が高額で、影響が大きい場合。
今回のケースでは、田中商店の経営状況が複雑で、専門的な分析が必要な可能性があります。この場合、
- 公認会計士: 財務諸表の分析や、事業計画の妥当性について、専門的なアドバイスを受ける。
- 弁護士: 融資契約や、債権保全に関する法的アドバイスを受ける。
- 不動産鑑定士: 担保となる不動産の評価を受ける。
といった専門家に相談することで、より正確な判断を下すことができます。
まとめ:融資判断の要点
今回のケースを通して、融資判断における重要なポイントをまとめます。
- 財務諸表だけでは不十分: 財務諸表は重要な情報源ですが、それだけでは判断できません。
- 多角的な視点: 事業内容、事業の将来性、経営者の資質、担保価値などを総合的に評価する必要があります。
- 質問力: 積極的に質問し、詳細な情報を収集することが重要です。
- 専門家の活用: 必要に応じて、専門家の意見を参考にしましょう。
山本君は、今回の経験を通して、融資判断の難しさと、その奥深さを学んだことでしょう。先輩の鈴木さんのアドバイスを活かし、経験を積むことで、より良い融資担当者へと成長していくはずです。

